
皆さん!こんにちわ!
AKIRAXでございます!今回は、「沖縄|那覇市 新都心にある歴史を感じるスポット!以外に知らない場所「シュガーローフ」をご紹介します!」
ショッピングなどで観光客も賑わう那覇新都心の昔が感じられる場所です。
きれいに整備された場所にも、歴史を感じれるところがあります。
那覇 新都心とは
那覇新都心は、那覇市の北部に位置していて、土地収用令で強制接収されたた土地の部分。米軍の住宅地として使用されていたが、全面返還されたため再開発で大型ショッピングモールや総合運動公園が整備された。
現在では官庁やホテル・マンションも立ち並ぶ整備された街になっている。
慶良間チージ(シュガーローフ)
新都心には、沖縄では有名な「サンエー」さんや免税品が購入できる「ギャラリア 沖縄 by DFS」さんがあります。

今回のシュガーローフは「ギャラリア 沖縄 by DFS」さんの道を渡った正面にあります!

横断歩道を渡り、進むと階段があるのでそこを上っていきます!
看板などは出ていないので見逃すかもしれませんので、ご注意ください!

こちらが「シュガーローフ」と呼ばれている場所です。シュガーと付くので甘い感じがするかもしれませんが、甘いどころか苦みさえ感じる歴史的な場所でした。
慶良間チージ(シュガーローフ)
沖縄戦の激戦地。字安里(あざあさと)の北に位置する丘陵地帯に築かれた日本軍の陣地の一つ。日本軍は“すりばち丘”、米軍は“シュガーローフ”と呼んだ。
一帯の丘陵地は、日本軍の首里防衛の西の要衝(ようしょう)で、米軍の第6海兵師団と激しい攻防戦が展開された。特に慶良間チージでの攻防は、1945年(昭和20)5月12日から1週間に及び、1日のうち4度も頂上の争奪戦がくりかえされるという激戦の末、18日に至り米軍が制圧した。米軍は死者2,662人と1,289人の極度の精神疲労者を出し、日本軍も学徒隊・住民を含め多数の死傷者を出した。
それ以降、米軍は首里への攻勢を強め、5月27日に首里の第32軍司令部は南部へ撤退した。沖縄戦は、首里攻防戦で事実上決着していたが、多くの住民をまきこんだ南部戦線の悲劇は、6月末まで続いた。那覇市歴史博物館より引用
現在の沖縄の印象からすると、当時の風景は想像することも出来ないですね。
先人の方々のお蔭で今が成り立っている!歴史を振り返るのも未来を飛躍させるのに大切な事かも知れませんね。

歴史を体感・学んだあとはショッピングで「ギャラリア 沖縄 by DFS」さんを覗きに行くのも良いかも知れませんね!
シュガーローフからの眺め!虹が出てました!
まとめ

皆さん今回の「沖縄|那覇市 新都心にある歴史を感じるスポット!以外に知らない場所「シュガーローフ」をご紹介します!」は如何でしたでしょうか?
沖縄旅行と言えば!海・観光・食べ物などが先に来ますが、特有の歴史も沖縄にはあります。
気分が滅入る部分のありますが、歴史を感じることも旅行の醍醐味!
お近くに行かれることがあれば、少し歩いて見てみても良いと思います!
モノレール新都心駅下車で徒歩5~10分くらいで行けるところです!
皆さん、最後までお読みいただきありがとうございました。
また、次の記事でお会いしましょう!AKIRAXでした!ありがとうございました。




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