イタリア|モデナ エンツォフェラーリ博物館に「F1フォーミュラマシン FERRARI 641/2」が展示されていました!A・プロスト F1-90 1990

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皆さん!こんにちわ! AKIRAXでございます!

今回は「イタリア|モデナ エンツォフェラーリ博物館に「F1フォーミュラマシン FERRARI 641/2」が展示されていました!A・プロスト F1-90 1990

をご紹介します。

まさかの発見にテンションが上がってしまいました!!!

テレビで見ていた、あのフォーミュラカーの実物を見ることが出来るなんで奇跡です!

FERRARI 641/2 F1-90 1990

この真紅のマシンをイタリア・モデナにあるエンツォフェラーリ博物館で発見・感激しました!

前回、ご紹介したFERRARI 488 PISTAの横に展示されていました!

なぜ感激したかというと、このF1-90は1990年のシーズンに活躍した名車で、丁度日本でもF1ブームで地上波でも放送されていました。

私の応援していた、今でいう「推し」がこのフェラーリ!しかもドライバーはアラン・プロストだったんです!!!

このFERRARIのモデルは641/2(ろくよんいち すらっしゅ つー)で登場してからフェラーリも大いに活躍しました。

このマシンはテレビで見ていた思いでの車(モデル)な訳で、その実物を実際にこんなに近くで見ることが出来たので感動でした!

特徴は何と言ってもこのノーズですね!まっすくのノーズ!

ノーズに輝くカーナンバー1番は、アラン・プロストが前年(1989年)にワールドチャンピョンに輝いて翌年1990年にフェラーリに移籍したのでこのカーナンバー1がフェラーリに付けられています!

ちょっこっとガイド

史上最も美しいF1カーの1つと見なされている、F1-90(641とも呼ばれます)は、1990年のFIAF1世界選手権®シーズンへのフェラーリのエントリーでした。前年のF1-89(640)を進化させた、641は公式には芸術作品です。これは、ニューヨーク近代美術館の常設コレクションに含まれる唯一のレーシングカーです。ナイジェルマンセルと新たに署名された世界チャンピオンのアランプロストによって運転されたF1-90は、7年間でフェラーリの最初のチャンピオンシップタイトルを獲得することに近づき、今年の激しいプロスト/フェラーリ-セナ/マクラーレンのライバル関係で重要な役割を果たしました。

F1-90はもともとイギリス人ジョンバーナードの発案によるもので、エンツォフェラーリはライバルのマクラーレンからの採用に熱心だったため、スクーデリアは1987年にマラネッロに移籍するのではなく、フェラーリギルドフォードテクニカルオフィスを設立することに同意しました。 、バーナードは1989年シーズン後にフェラーリを辞めたため、F1-90は別の元マクラーレンデザイナーのスティーブニコルズとアルゼンチンのチーフデザイナーのエンリケスカラブロニによって監督されました。車の一般的なラインは、側面へのいくつかの微妙な変更を除いて、ほとんど変更されていませんでした。ただし、エンジンの冷却システムと「呼吸」システムは改善され、F1-89の革新的なシーケンシャルセミオートマチックパドルシフトギアボックスの新しい、より効率的なバージョンにも取り付けられていました。レーシングエンジンの新しい短いバージョンもイモラでデビューし、はるかに強力であることが証明されました。以前のバージョンよりも喉が渇いたという事実を、より大きな燃料タンクも補いました。 F1-90は、3.5リッターの680 bhp V12エンジンを搭載していました。これは、最も近いライバルのマクラーレンホンダV10パワーユニットが提供する690bhpをわずかに下回っていました。ホンダやベネトンが使用したウィリアムズ-ルノーV10やフォード-コスワースHBV8ほど柔軟ではなく、遅いコーナーから電力を供給することもできませんでした。エンジンが重いにもかかわらず、641はグリッド上で最高のハンドリングカーの1つでした。プロストは後でそれを今年の最高の車と宣言するでしょう。

プロストはF1-90で驚異的な働きをし、ブラジルで優勝し、メキシコ、フランス、そしてシルバーストンで連続優勝を果たしました。一方、マンセルはカナダで表彰台を獲得し、メキシコで1-2を達成した後、ポルトガルでそのシーズンに唯一の勝利を収めました。プロストは、ベルギー、イタリア、ポルトガルでの印象的な3人の表彰台を獲得した後、1週間後にスペインで再び勝利を収めました。 6勝でコンストラクターズチャンピオンシップでフェラーリが2位になり、プロストはドライバーズタイトルでアイルトンセナの7ポイント差を終えました。鈴鹿での最後から2番目のレースで、ブラジル人とフランス人のドライバーがスタート直後にコースを外れたとき、戦いは突然終わりました。プロストのフランスでの勝利は、フェラーリの100回目のF1優勝でもあったため、特に重要でした。

全体として、フェラーリF1-90は、16レース中6レースで優勝し、さらに8回表彰台を獲得し、スクーデリアで3回のポールポジション、5回のファステストラップ、110ポイントを獲得し、コンストラクターズチャンピオンシップで2位を獲得しました。

amalgamcollectionより引用

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この頃のF1マシンがシンプルでカッコ良かった様にも思えます。

サイドミラーが小さくてかわいいです!

タイヤはグッドイヤー製

1990年は「グッドイヤー」と「ピレリ」の2社がタイヤを供給していました。

その中でもグッドイヤーが8割くらいの割合で各チーム履いていましたね。

このタイヤは使用済みのようで結構摩耗しています。

1つのボルトだけで留まっていて、タイヤ交換するんですね。

当時、5秒台とかでタイヤ交換していましたね!懐かしい!

コックピットです。

狭いです!アラン・プロスト用にシートも作っています。

いち早くフェラーリは、ギアのシフトチェンジをセミオータムを導入していました。

今では当然のようにハンドルの手元でシフトチェンジができます。

このセミオータムは、フェラーリの市販車にも採用されています!F1のテクノロジーが市販車に採用されているのは、フェラーリらしいですね。

マルボロにA.PROST アラン・プロストの名前もシッカリ入っています!

当時(1990年)フェラーリはフィアットの傘下だったので、フィアットのロゴも付いています。

2016年にフィアットから独立しています。

フェラーリってフィアットの傘下だったなんで今では考えられないですね!

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後方です。エンジンスタートは後ろから起動させます。ダウンフォースを効かせ地面に車体を押し付けて走行するように、空力には特に気を使っています。

  • V12 エンジン
  • 排気量 3498㏄
  • 12.750 RPM 最高出力

FERRARI 641/2 F1-90とFERRARI 488 PISTA フォーミュラカーの方が小さいですが、1人乗りと2人乗りの差もあるので十分な大きさです。

2台を見ることが出来て本当に良かったです!当時の思い出が鮮明に蘇りました!

イタリア|モデナ FERRARI 488 PISTA  2018を発見!シビレル・カッコ良さでした!

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まとめ

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今回の「」は如何でしたでしょうか?

貴重なF1マシンを近くで(手が届く距離)見ることが出来て本当に嬉しかったですね。

F1グランプリを見に行っても、特別なパスがない限りここまで近くまでは近ずくことは出来ないですからね。

現役を引退したマシンとは言え、貴重なものを見ることが出来ました!

エンツォフェラーリ博物館は、モデナ駅横にあるので便利ですので、イタリア・モデナに出かけることがあれば見て頂きたい博物館です。

皆さん、最後までお読みいただきありがとうございました。

また、次の記事でお会いしましょう!

AKIRAXでした!ありがとうございました。

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